はじめに
上尾中央総合病院の木下友都です。
今年のSIGNA甲子園のテーマは“Signa甲子園リターンズ”という事で、2019年以来となる2年ぶりの対面コンテスト形式で開催されました。
Signa甲子園は【臨床的実用性】【画質】【汎用性】の3項目で審査投票が行われ、合計得点が高い順に金賞・銀賞・銅賞が決定します。
今年は司会の先生方のトークが素晴らしかった事や、演題発表後のコメンテーターからのコメントが秀逸で、とても盛り上がったと記憶しております。また、どの演題も素晴らしい工夫がされていて勉強になりました。当日の開催に向けて尽力して下さった、実行委員の皆様とGEヘルスケアジャパンの皆様に改めて御礼を申し上げます。
私は「SCLEW」という演題を発表させていただきました。SCLEWは、Spinal Cord Lesion Weighted image(脊髄病変強調画像)の略で、脊髄炎や脱髄疾患においてT2WIで不明瞭となってしまう病変を明瞭に描出できる撮像法です。今回は、そのSCLEWについて紹介をさせて頂きます。
脊髄炎や脱髄の診断で求められる情報
脊髄炎や脱髄の評価に必要な情報として「空間的多発性の証明(DIS)」「時間的多発性の証明(DIT)」「病変の広がり」があります。この情報は多発性硬化症の評価や類縁疾患との鑑別に重要となります。以前は、Gd造影による評価が求められていましたが、近年ではT2WIによる評価でも良いとされています。
多発性硬化症(MS)の早期診断・早期治療の重要性
MSの代表的な治療法の一つとして病態修飾療法があります。これは、新たな炎症の再発予防と身体機能障害の進行抑制の為に行われます。大事なポイントは「治療開始が早期で、治療期間が長いほど」治療効果が高く、予後に影響する事です。また、Clinically isolate syndrome(炎症性脱髄性疾患を示唆する初回の急性発作で多発性硬化症の前段階の病態)の時期から治療開始する事で、多発性硬化症への進展を50%程度抑制する事が可能だとされています。そのため「早期診断・早期治療開始」が凄く重要となります。しかし、MS以外の疾患の場合は病状を悪化させてしまう場合があり、MS以外の疾患をしっかりと除外する必要があります。
脊髄炎や脱髄はT2WIでどのように描出されるのか?
脊髄炎などで活動性が高い(浮腫が強い)病変は、T2WIで高信号となりますので診断に困る事は無いと思います。しかし、早期急性期や亜急性期において、T2WIで「淡い高信号」として描出される場合は、病変の存在や広がりが不明瞭となり診断が困難となります。
適切な治療方針の決定と早期に治療開始を行うためには、T2WIによる評価が重要ですが、病変が不明瞭となってしまう症例は意外と多く経験しました。当院の放射線診断科医師より「病変がしっかり描出できる撮像法を検討して欲しい」との要望を頂いた事も、今回の演題のきっかけとなっています。
SCLEWによる病変コントラストの改善
今回、私が紹介させて頂くSCLEWの撮像条件のポイントは2つあります。
1つ目はSTIRを併用する事です。STIRは信号を絶対値で表示し、自由水などのT1値、T2値の長い組織が高信号となるT1 T2相乗効果があります。そのため、水強調画像となり浮腫や炎症の検出に優れるシーケンスです。
T2WIとSTIRの病変検出を比較した論文では、STIRを併用する事で病変検出能が向上すると報告されています。しかし、当院でT2WIとSTIRの比較を行った際、STIRでも不明瞭となる症例を幾つか経験しました。
そこで2つ目のポイントとして、TEを短くします。つまり、PDWIに設定します。 浮腫の弱い病変では、Long TE(通常のT2WIと同等のTE)の設定の場合、T2減衰により病変が不明瞭となります。そのため、Short TE(今回の検討では24ms)に設定し、T2減衰の影響を少なくする事で浮腫の弱い病変を明瞭に描出する事が可能となります。
このように、PDWIとSTIRを併用する事で病変のコントラストが良好となり、脊髄病変が明瞭に描出されます。そのため、SCLEW(Spinal Cord LEsion Weighted image):脊髄病変強調画像と命名しました。
Clinical Image ①
脱髄や脊髄炎を疑い、脊髄内病変否定の為に胸椎MRI検査を施行した患者の画像を提示します。T2WIやT2STIRでは病変が不明瞭となっていますが、SCLEWでは多発する脊髄病変を明瞭に描出できています。
Clinical Image ②
直腸膀胱障害があり脊髄症疑いにて胸椎MRI検査を施行した患者の画像を提示します。T2WIでは病変が不明瞭となっていますが、SCLEWでは脊髄内に複数の長大病変を明瞭に描出する事ができています。
このようにSCLEWは、T2WIで不明瞭となるような病変の描出能を大幅に向上することが可能となります。
Doctor’s Comment
Signa甲子園の際に、この撮像方法について当院の放射線診断科医師より頂いたコメントを紹介させて頂きます。
「T2WIまたはT2*WIでは脊髄病変は不明瞭な事も多かったですが、SCLEWの使用により自信を持って病変を断定できるようになりました。今後は造影MRIとの比較も行っていければと思います。当院が他施設に誇れる画像の一つです」
という、技師として大変励みになるお言葉を頂く事が出来ました。
本手法であるSCLEWはPDWIにSTIRを併用した撮像法のため、多くの施設で撮像が可能だと思います。本手法が患者の診断や治療方針の決定に少しでもお役に立つことができれば幸いです。
最後に、今回のSCLEWのデータをまとめたものを今年の日本磁気共鳴医学会大会やSigna甲子園にて発表させて頂いています。
本検討を行うにあたりご協力頂きました、当院の放射線診断科の先生方やMRI担当の皆様に、この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。
Chief editor’s comments
臨床例でも役立ち、とても明瞭に病変が検出されていて、素晴らしい工夫だと思います。以前の記事(STIR法とはなにか)にも書きましたが、実はSTIRは、最初はShort TEで用いられていました。当時は高速SE法もなく、long TR シークエンスは事実上加算ができなかったので、SNRが低かったことにもよります(TEを長くすることは、したくてもSNRが低くでやりにくかった)。
埼玉医大の教授だった平敷淳子(へしき・あつこ)先生が、STIR with long TEという名前で、TEの長い撮影をすると椎間板や椎体の浮腫が良く強調できることなどを示していました。その後加算が自由にできるようになり、STIRは、ごく普通にlong TEで用いられる様になりました。いま、コントラストとしては当時の原点であるSTIR with short TEに戻ったということになります。温故知新の意味合いでも意義深いと思います。
ライター紹介
上尾中央総合病院の木下 友都(きのした ゆうと)と申します。
MRIを初めて触ったのはSIEMENS社のMRIでしたが、気づけばGEのユーザー歴の方が長くなりました。Signa甲子園には初めて出場してから7年経ちました。毎年なにか面白いことが出来ないかといろいろ妄想しながら、日々悪戦苦闘しています。
まだまだ分からないことだらけのMRIですが、少しでも良い検査が出来るよう頑張って勉強していきたいと思っています。研究会や学会などで見かけた際はお声がけ頂き、色々教えて頂けると幸いです。
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