Arterial Spin Labelling:ASLとは
虎の門病院 放射線部 福澤 圭です。皆さんはArterial Spin Labelling(以下ASL)を使っていますか?今回はPHILIPS社のASLに関する記事を書かせて頂きました。臨床での色々な使い方を紹介しながら魅力をお伝えできればと思います。
ASLは灌流情報を得るテクニックで、磁気的に標識した血液をトレーサーとして用いるため、放射線被曝なし・造影剤いらずと、圧倒的に侵襲性が低いのが特徴です。そのため、ルーチン検査で得られた画像所見に対してASLを追加したり、評価しきれない部分をASLで補ったりと、ルーチンに“ひと味”加える使い方が、とっさの判断で出来ることが魅力の一つです。ただし、血液をそのままトレーサーとして使うため、高度血管狭窄を有する脳血管障害など、撮像領域への血液の到達が著しく遅延するような疾患では、画像の解釈に注意が必要な状況があります。また、ASLが不必要な状況下での追加撮像は患者に負担をかけ、検査時間を圧迫します。ASLはあくまでルーチン検査を支える脇役であるということを最初に述べておきます。
ASLを構成する3つのパート
まずは簡単にASLの基本についておさらいします。図1のように、ASLのシーケンスは「ラベリング」「待ち時間」「リードアウト」の3つのパートから構成されています。
「ラベリング」とは、撮像領域上流に設定したラベリング領域で血液を磁気的に標識するパートで、ラベリング手法はASL画像のSNRに大きく影響します。PHILIPSでは、多時相撮像に適したPulsed ASL (PASL)と、SNRの高いpseudo-Continuous ASL (pCASL)の2種類が使用できます。
次に「待ち時間」のパートです。これは、ラベリングした血液の撮像領域への到達を待つ時間であるため「Post Label Delay:PLD」と呼ばれ、PHILIPSでは任意の時間を設定可能です。
最後に「リードアウト」で灌流信号を画像化します。一般的なASLのシーケンスではEPIなどのシーケンスが用いられますが、PHILIPSではさらにLook Locker Samplingを使用することで、複数のPLDの情報を持ったMulti-PhaseのASLを撮像することもできます。PHILIPSのMRI装置では、ラベリング手法やリードアウト手法に関して、タイプの異なる3種類のASLが使用可能であり、それぞれを状況に応じて使い分けていきます。以下、症例画像を使いながら紹介していきます。
図1.ASLの基本および3種のASLの概要
三種のASL
それではこれから、「三種のASL」について説明をしていきます。
三種のASL その1「ASL-based 4D-MRA」
ラベリング直後の早いタイミングから、経時的に複数のPhaseでリードアウトを行うことで、4D-MRAを撮像することができます。「CINEMA」と呼ばれるこの手法は、血管内腔を血液が流れていく様子をダイナミックに観察できる「劇場版MRA」です。図2は3テスラ装置で撮像した硬膜動静脈瘻のケースですが、矢頭のように、4D-MRAではTOF-MRAで描出困難な静脈への灌流を観察できます(ASL-based 4D-MRA:撮像時間約4分)。静脈還流の有無は脳出血のリスクファクターであるため、臨床上重要な所見といえます。このようにASL-based 4D MRAは、硬膜動静脈瘻や動静脈奇形などの疾患でルーチンのTOF-MRAの補助として使用します。
三種のASL その2 脳腫瘍の血流をみるSingle-phase ASL
脳腫瘍における血流情報は、腫瘍の鑑別や悪性度評価のための重要な所見です。造影MRIによる評価が一般的ですが、臨床では造影剤を使用せずに腫瘍の血流を評価したい状況もあります。代表的なケースは、造影剤副作用歴のある患者や腎機能障害を有する患者の検査です。
図3は、意識消失発作で施行された単純CTと、追加検査で施行した頭部MRI検査の画像です。CTでの腫瘍付着面付近の不整な骨肥厚など、指摘された腫瘍性病変は髄膜腫である可能性が高いと考えられますが、大腸癌の既往歴もあるため転移性脳腫瘍も鑑別に挙がります。しかし、この患者には腎機能障害がありガドリニウム造影剤が使用できません。ASLは、このような状況のMRI検査に“ひと味”加えることができます。ASL(PLD=1700ms)にて腫瘍は高い血流量を認め、髄膜腫と診断する根拠となります。このように腫瘍の血流診断に使用するASLは、わずかな血流信号を逃さないSNRの高い手法が必要となります。よってラベリングにpCASLを用いたSingle-phase ASLが適しています。また、腫瘍はルーチンのMRIで描出できているため、ASLでは広範囲の撮像は必要ありません。本症例のASLも撮像範囲を1スライス限定とすることで、撮像時間約50秒で画像を取得しています。
図3.腎機能障害のある患者のASL
ここまでは、造影剤使用が躊躇される症例でのASLについて紹介しましたが、続いては造影検査におけるASLの使用例を紹介します。MRIでは造影剤によって灌流画像を得る手法(Dynamic Susceptibility Contrast:DSC)があり、造影検査におけるASLは一見すると無駄な撮像のように思われるかもしれません。ところが、造影検査の際にもASLは大事な“ひと味”足すことが出来ます。
下図は脳腫瘍の術前精査目的に施行された造影MRI検査の画像です。造影T1強調画像で内部不均一な濃染を示す腫瘍が確認できます。膠芽腫のような悪性度の高い腫瘍が疑われる場合、当院では治療方針の決定のためにMR-Spectroscopy(MRS)を施行します。皆様の施設ではMRSのVOIの設定はどのように行っていますか?腫瘍の中心部分に置く、 医師に相談する、…など色々かと思いますが、不均一かつサイズの大きな腫瘍の場合、造影T1強調画像で濃染するような箇所にVOIを設定したいという認識があるかと思います。しかし、造影剤投与後のMRSはコリンピークの形状に影響を与える等の報告があり、腫瘍のMRSは可能な限り造影前に行いたいところです。つまり「造影前に造影後の情報が欲しい!」という矛盾した状況が発生するわけです。ここでASLの出番となります。図4のようにASLは非造影で腫瘍の血流が豊富な部分を把握できるため、MRSのVOI設定において重要な情報が得られます。すなわち、ASLをMRSのリファレンス画像にしてしまおう!ということです。この症例でもASLは1スライス限定の約50秒で撮像しました。ルーチン検査の内容を圧迫することなく、MRSの理想的なVOI設定を行うことが可能です。
図4.造影検査におけるASLの活用
三種のASL その3 ピットフォールに挑むMulti-phase ASL
最後にMulti-phase ASLを紹介します。その前に、まずはASLのピットフォールについて解説します。図5は右中大脳動脈狭窄症の方のMRI画像です。初回検査時のTOF-MRAで狭窄を認めていた部分(矢印)が、半年後のMRIでは閉塞となっています。ただし拡散強調画像での高信号領域などは認めず、脳梗塞の症状もありませんでした。脳血流の状態を確認するために追加したASLの画像では、右中大脳動脈領域の血流が保たれていることがわかり、主幹動脈は閉塞しているものの、TOF-MRAでは描出されない側副血行路からの血流があることが想像できます。ASLはこのようにルーチン検査に脳血流量の情報を付加することができますが、このASLの画像をよく見ると、健側(左側)よりも、血管が閉塞している患側(右側)の血流量が多いように見えます(矢頭)。これがASLのピットフォールであり、血管障害によって血液の到達時間のピークが遅延することで起こる現象です。PLDの変更によってこの現象を回避できるか考えてみると、本症例のASLはPLDを1700msに設定しましたが、これより短いPLDではラベルされた血液が患側へ到達しない可能性がありますし、逆に長いPLDではラベルされた血液が撮像領域から流出してしまう可能性があります。いずれにしてもASLにおいてPLDの設定は非常に重要なポイントであると同時に、盲目的にPLDの変更を行うのみでは到達時間の遅延の影響を回避することは不可能であるといえます。そこで、いよいよmulti-phase ASLの出番となります。
図5.右中大脳動脈狭窄症のMRAおよびSingle-phase ASL(PLD=1700ms)
図6.右中大脳動脈狭窄症のMulti-phase ASL
図6と同じ症例のMulti-phase ASLの一部を図5に示します。PLD=600msでは患側の血流遅延が、PLD=1100msおよび1700msでは髄軟膜吻合などの側副血行路の灌流信号が確認できます(矢頭)。このようにMulti-phase ASLは、血流の到達遅延や側副血行路の灌流など、脳血管障害の病態を包括的に評価できます。我々の施設では、この手法でSingle-phase ASLのピットフォールを補うと同時に、血行再建術前後での灌流タイミングの変化や、もやもや病などに対する長期的な経過観察にも積極的に活用しています。
ルーチン検査に“ひと味”加える
ここまでPHILIPSの3種のASLの様々な使い方を紹介してきました。ルーチン検査に、絶妙な“ひと味”を加えるためには、まずはルーチン検査を正確に撮像すること、そして画像所見をよく観察することが必要と考えます。そのうえで、付加価値の高い情報は何か考えて次の一手を決めるのが、MRI担当者の重要な役割ではないでしょうか。個性の違う“3種のASL”は、我々のアイデアを体現する魅力的なツールです。最近では、目的血管のみをラベリングし特定領域の灌流を評価するRegional ASL、リードアウトの3D化、定量化も可能になっており、今後ますます技術的な発展が期待できる領域だと思います。私も色々な知識をアップデートして、自在に使いこなせるように努力していきたいと考えています。
ライター紹介
虎の門病院 放射線部 福澤圭 RADっていいともで紹介させていただきました。こちらの記事も合わせてどうそ
コメント
トラックバックは利用できません。
コメント (0)
この記事へのコメントはありません。